徳島の中小企業とITのコラボレーションで生まれる徳島発の新サービスで、地方から日本の未来を変える!(前編)

株式会社GTラボ 代表取締役社長 坂東 勇気 氏

株式会社GTラボ
代表取締役社長 坂東 勇気 氏

徳島でIT関連の話をすると、「坂東勇気 氏」の名前が必ずあがる。そして、地元新聞社でも定期的に「坂東勇気 氏」の名前が取り上げられ、SNS上でも活躍する様子が拡散されている。
今、徳島のエンジニアとして最も注目されている人物である。

坂東氏が、徳島でエンジニアとして、どのように活躍するに至ったのか。どのような人物であれば、彼のように徳島の第一線で活躍しうるエンジニアになりうるのか。そして、徳島のITの未来はどのようになっていくのか。
徳島の若手注目ITベンチャー起業家 坂東 勇気 氏に、お話を伺った。

―― 坂東さんは、エンジニアとしてご活躍されていますが、どのような事業や活動をされているのですか?

いろいろなことをしていますからね。(笑)
まず、一番の本業であるシステム開発会社である(株)GTラボの代表取締役社長です。
そして、地方のタクシー業界に特化したITクラウドサービスを提供する株式会社電脳交通、ハウストラブル発生時に近隣の専門業者を検索できるResQというサイトを運営する株式会社セッションと共にITサービスの開発を行っています。

―― 仕事面以外についてはいかがですか?

そうですね、その他には、徳島のITエンジニアが集うコミュニティ「Code for Tokushima」の代表も務めています。徳島のエンジニアと共に仕事とは違うこと、地域の課題を解決するような“面白いこと”へ挑戦しています。
最近では、とくしま創生アワードなどでも受賞を頂くことが出来たので、嬉しかったですね。

―― 本当にたくさんのことをされているんですね!それでは、現在の坂東さんに至るまで、どのような歩みがあったかを教えて下さい。

子どものころ、知り合いから譲ってもらった古いパソコンを触ったのがきっかけで、ゲームソフトに興味を持ちました。プログラムは中学生のとき、親が買ってくれたパソコンではじめました。当時はすごく高かったんですけど、無理して買ってくれたんですね。

当時、プログラムコードをかいて専門誌に応募するのが楽しみで、自分の設計したシューティングゲームが2回掲載されたのを覚えています。当時は、インターネットがそれほど普及していなくて、教書を手本にコードをイチからかいていました。

―― 子どもの頃から本当にプログラミングがお好きだったんですね。学校を卒業されてから、どのようなお仕事をされていたのですか?

最初は、自動車系のIT企業で自動車整備関連のソフト開発を行っていました。勤務地は、福岡、東京です。そのあとは地図系の業務も担当しました。地図系はIT業界ではGISという分野です。また、ソーシャルゲームの制作にもかかわりました。やはり最先端のことをやるのはエンターテイメントが多いので、技術的にも新しいところに挑戦したいと思ったことが理由です。

そのソーシャルゲームの会社は日本最大手の一社でもある検索サイトの会社のもと社員の方がスピンアウトして作った会社です。そこのエースエンジニアを連れて作った会社で、エリートばかりで世界が全然違いましたね。

硬い業界、オーソドックスな制作現場と、最先端の制作現場に所属したことで、両方の感覚が分かったのは財産になりました。硬めの業界ですと、ウォーターフォール形式での開発を行います。お客さんとの打ち合わせを行い、設計書・見積もりを作り、それをもとに開発者がものを作ります。非常にきっちりしたやり方となっています。

これに対してアジャイル形式という開発形式があります。作る人と依頼するひとが密に連絡取り合いながら、設計書もつくらないで。どういうことをやるかというと、最初にイメージのつくものをざくっと作ってしまう。設計書の代わりに、こんな感じでどうですか?って。で、だいたい1週間くらいのスパンでちょこちょこあげていくので、非常にスピード感を持って完成まで進めることが出来ます。

私自身は、アジャイル形式が多いですが、徳島はウォーターフォール形式が多いかもしれませんね。
どちらがいいとかいうものではありませんが、両方の現場できちんと仕事をしてる方は少ないかもしれませんね。

―― さまざまな経験を経て、徳島へUターンをされたのですね。坂東さんは、なぜ、徳島へUターンしようと思ったのですか?元々、徳島で起業を考えていたのですか?

う〜ん。一番大きな理由は「子育て」ですね。(笑)
直前までいたソーシャルゲーム関連の会社は、かなりハードな勤務状態でした。忙しいときは会社に泊まることもあったりするくらい。当時、妻が妊娠中だったこと、また二人とも徳島出身だったこともあり「徳島だったらどんなに楽なんだろ」と考えるようになりました。東京で子育てをしようと思うと世帯年収が700万円くらいはないと厳しいと感じます。二人で働ければよいのですが、子どもを保育所に入れること自体大変です。

―― 実際、徳島に帰ってこられていかがですか?

子どもや家族との時間が格段に増えた
ゆとりある時間が生まれ、
子どもや家族との時間が格段に増えた。

とても子育てがしやすいですね。今、6歳と1歳の子どもがいますが、実家があるので助かります。
具合が悪いと、子どもを実家で預かってくれますし、夫婦で出かけたい時も、喜んで預かってくれます。

妻は専業主婦ですが、家も一軒家を購入できましたし、車も2台あります。東京にいる時よりも収入は下がりましたが、生活は豊かになりましたし、ゆとりも持てるようになりました。

―― とても徳島の生活を楽しまれていることが伝わってきますね!お仕事の面ではいかがだったのでしょうか。

徳島へUターンするにあたって、株式会社テクノモバイルへ入社しました。
徳島で設立した会社で、東京と徳島に事業所があるのですが、東京も徳島も給与に差があまりなかったこともあり、給与も大きくは下がりませんでした。
2013年には、株式会社GTラボを設立しました。株式会社テクノモバイルが95%を出資し、事業所も社内に置かせてもらっています。
「世界で1億人が使うメディア・サービスを創る会社」を合い言葉に、アプリコンテンツやソリューションの開発を行っています。現在、テクノモバイルは順調に成長していますが、その仕事のほとんどは東京本社からのものです。

現在、オフショア(Offshore)と呼ばれて、賃金の安いベトナムや中国に作業を依頼する方法が広がりはじめています。徳島など地方もニアショア(Nearshore)と呼ばれ、都市部よりはランニングコストが安くメリットがあるのですが、10年後、20年後の未来を見すえたとき、完全にオフショアに移行している可能性も考えられます。そうした危機感から、受託だけでなく、自らプロダクトを生み出していくことを目的にGTラボが誕生しました。
ちなみに、社名のGTには「頑張ろう徳島(から)」といった意味合いが込められているんですよ。

開発にも集中できる環境
テクノモバイルが事務的な業務を請け負ってくれるので、
開発にも集中できる環境もあり、設備面においても充実した開発環境がある

―― とても良いお名前ですね!危機感から生まれたというGTラボですが、次々と新しい徳島発のサービスを生み出していると聞きます。

後編では、GTラボが徳島のIT企業として活躍するために行っている「徳島(地域)の企業とのレベニューシェア(協業)」について詳しく教えて頂きました。そして、徳島へこれからUIターンを検討するエンジニアに向けたメッセージと徳島のITの未来についての考えを教えて頂きました。

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