「移住クリエイター」の可能性と地方創生のこれから 【前編】
~ 移住の明暗を分ける、クリエイターに必要な力とは ~

2014年に「まち・ひと・しごと創生総合戦略」が策定されてから5年が過ぎ、2020年の3月をもって地方創生の第一期が終わります。徳島県でも地域の魅力発信や移住政策が盛んに行われ、神山町をはじめ、阿南市、三好市など県全体としても移住者が年々増えています。

「自然豊かな田舎で子育てがしたい」「スローライフをおくりたい」など、十人十色の想いがある中、田舎にビジネスの価値を見出し「地方で起業したい」「地方の可能性を発掘したい」という意志を持ったクリエイターも数多く徳島に移住しています。地域の特色を活かしたさまざまなプロジェクトが発足し、地方創生のスポットライトが当たる町にあこがれを抱く方も多いことでしょう。ですが、その一方で道半ばにして徳島を離れる人も一定数いるのが現実です。

そこで、今回のコラムでは、地方創生に先駆けて徳島県の神山町にサテライトオフィスを開設し、企業や行政のブランディングなどを手掛けるアートディレクターの廣瀬圭治さんにお話を伺い、移住クリエイターの可能性と地方創生のこれからについて考えます。

廣瀬 圭治(ひろせ きよはる)氏:キネトスコープ社 代表

2003年大阪でWEBデザイナーとして独立。2005年にキネトスコープ社を設立し、企業のブランディングなどを数多く手掛ける。
2012年に東京ミッドタウン・デザインハブで企画した『わたしのマチオモイ帖展』をきっかけに、地方の可能性に改めて気づき神山町へ移住。
サテライトオフィスを開設し活動の拠点を田舎へ移す。
2013年には神山町の水と山を守る取り組み『神山しずくプロジェクト』を発足。アイデアとデザインによって価値あるプロダクトを産み出し、町の未来につなげる活動を続けている。

「戦略的移住」で思い描いたビジョンを現実のものに

「田舎に活動の拠点を移したのは、“自分の正義”に嘘がつけなかったから―」廣瀬さんが移住を決断したのは、クリエイターとしてまさに「都会の波にノリに乗っていた」時。
まだ地方創生の動きも始まっていない、いわゆる都会至上主義の時代に「都会よりも田舎は本当の意味で豊かで価値がある」という自分の中の正義を貫き、神山への移住を決めました。

クリエイターになる前は、20代の頃にバイクで地方を放浪していた廣瀬さん。「田舎はどこの町に行っても食べ物も自然も豊かだし、よそ者の自分を受け入れてくれる懐の深さもある」物質的にも精神的にも豊かな地方に魅せられ、全国各地をまわりました。「お金が底をつきれば、その町で稼ぐ。水産加工の工場や延々と果てまで続く人参畑での労働など、えげつなくしんどい現場で地元の人と一緒に働いて、今まで自分の知らなかった魅力的な世界をいっぱい教えてもらいましたね」

その時の出会いや経験が廣瀬さんの根幹となり、独立当初から「田舎の豊かな暮らしをデザインするクリエイティブ集団を作りたい」とずっと構想し続けてきたのです。まだ通信がそれほど発達していない時代にWEB制作の会社を立ちあげたのも「どこにいても人とつながり、情報のやりとりができる時代が来る」ということを見越しての選択。WEBの道に進んだことも、田舎に拠点を移したことも、思い描くビジョンを現実のものにするための戦略的選択だったようです。現在、廣瀬さん率いるキネトスコープ社はサテライトだった神山のオフィスに本社機能を移し、当初のビジョン通り地方と都市部をつないでビジネスを展開しています。

「地方の人たちは、みんな “地元には何もない”と口々に言います。でも、神山町で暮らしていると毎日が変化に富んでいる。スローライフなんてとんでもなく、毎日が本当に充実しています。都会と比べて選択肢が多く、全方位的に自由。神山に引っ越してきて8年半、ほとんど病院の世話になってないほど、家族みんな健康になったしね。」移住後、年月を重ねるごとに田舎の価値を噛みしめる廣瀬さん。経済的なパワー格差では得られない「本当の豊かさ」を改めて実感しています。

徳島は現在もクリエイター不足! 未開拓市場がたくさんある

先駆者となった廣瀬さんの移住から7年が過ぎた現在、移住を考えているクリエイターにとって、徳島は可能性のある場所なのか? 廣瀬さんに問いかけると「徳島はまさに『ブルーオーシャン』だ」という前向きな答えが返ってきました。「全国のクリエイターは45%が東京、25%が大阪に集中しているんです。人口当たりの数でみていくと、東京は100人に1人クリエイターがいるのに比べて、徳島はなんと100人に対して0.06人! 完全に足りていないでしょう。一方で徳島にはまだまだデザインの力で価値が上がる魅力的なものがたくさんある。そう考えると徳島はデザインの未開拓市場なのです」

ところが、高いスキルを持っていても、移住後にすべての人が思い通りに活動できているかというと、そうでもない現実も耳にします。移住クリエイターの明暗を分けるのは何なのでしょうか。廣瀬さんの話を通じて見えてきたのは、高いデザイン力や専門スキルではなく、生き方や考え方を問うものでした。

必要なのは、マルチな生き方と戦略的選択

「田舎の人は、とにかくすごい。野菜はもちろん、魚や獣も自分で調達して捌いて食糧にできるし、必要な道具は自分の手で作り上げる技術もある。何でもできるまさにパーフェクトヒューマンです」廣瀬さんの話から伝わってくるのは、マルチなスキルで生きる田舎の人々へのリスペクト。

「一方、専門性を必要とする都会で働いていると、単一のスキルは高くても別のフィールドではまったく通用しないなんてことも多いんです。田舎では、自分をカスタマイズしてマルチな生き方ができればやっぱり強い。高い専門スキルよりもどんな目的をもってどんな考え方のもとに行動できるのかのほうが重要なんです」

外からの視点を持つ移住クリエイターに集まる地域のニーズは、新たな価値の発見と地域課題の解決策。点と点で存在する価値や地域課題をつなぎ、解決策を見出すことができるのは、マルチな生き方から生まれる多様な考えや選択肢があるからなのでしょう。

また、その生き方を通じて増やした選択肢をいかに選び取っていくかも大きなポイントのようです。「毎日は選択の連続。自分のビジョンに基づいた小さな選択が、未来を作っていくんです」その選択を見誤らないように、本質をちゃんと見極め、どの選択がベストなのか、廣瀬さんは常に「人の何十倍も何百倍も」ずっと考えているのです。

地域の課題解決に向けて― 地方創生のこれから

2020年4月から、また新たに地方創生の第二期に入ります。移住者の増加で一定の成功を収めたかにも見える徳島の地方創生ですが、視点を変えてみると地域の課題も多く残ります。各地で芽を出した取り組みが、持続可能な地域づくりにつながっていくのか、これからの5年、10年先の取り組みにかかっています。

後編では、廣瀬さんが神山町の地域課題解決に向けて取り組んでいる『神山しずくプロジェクト』の進化と地方創生のこれからについてお話を伺います。

後編:「地域の課題をみんなの課題に『神山しずくプロジェクト』」につづく
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