「移住クリエイター」の可能性と地方創生のこれから【後編】
~ 地域の課題をみんなの課題に『神山しずくプロジェクト』 ~
「移住クリエイターの明暗を分けるポイントは何か」を考えた前編に引き続き、アートディレクターの廣瀬圭治さんにお話をお伺いします。後編は、廣瀬さんが代表を務めるキネトスコープ社が取り組んでいる『神山しずくプロジェクト』の活動を通じて、地方創生のこれからを考えていきます。
神山しずくプロジェクトとは
町土の大半を占める人工林がもたらす問題を広く伝え、50年後の未来に豊かな水源をつなげるため発足したプロジェクト。
神山の間伐材を積極的に活用することで「山の保水力の消失」「川の水量減少」に歯止めをかけ、未来に一滴でも多く「しずく(水源)」を残すことを目的としている。プロジェクトのアイコンとなっているのは、間伐材から仕立てられたタンブラーや器など暮らしに身近なアイテムたち。
さらには、世界最大級のデザインコンペティション『A’Design Award & Competition 2019(本部:イタリア・ミラノ)』のソーシャルデザイン部門において、金賞を受賞。デザインと職人技で付加価値をつけた神山杉が、日本全国、そして世界を巻き込んで新たな循環を生み出している。
「山がヤバイ!水がヤバイ!」 地域の課題を自分ゴトと捉えて
「この町に鮎喰川という清流があるのですが、年々水量が減っていて、30年前に比べ1/3までに減ってしまったそうなんです。なぜ水が減ったのかを辿っていくと、山の森林に課題があったのです」
日本国土の7割を占める森林のうち、およそ半分は人口林。自然のサイクルで循環している自然林に比べ、落葉もなく密集して植えられている人工林は、定期的に木材を切り出し、手入れをしなければ、山肌に光が入りません。光が差し込まない山は、新たな植物が育たず、自然のサイクルを失ってしまいます。戦後、安価な輸入材の台頭で、日本の林業は衰退していきました。それと同時に山々は放置されてしまったのです。「林業で栄えた神山は町の8割が森林で、さらにその7割が人工林。これは本当に深刻なことなんです。」
自然のサイクルを失った山は、地中に水を吸収できなくなり、川に流れ込む水量が減少します。
それだけでなく、雨が降るたびに吸収されなくなった水が地表を流れ、土砂崩れを引き起こす危険性もはらんできます。
「エコといえば、木を切っちゃいけないイメージがあったと思うのですが、人工林となった今、積極的に木材を活用し続ける必要があるのです」山を守ること、木材を活用することは、日本全国の林業で栄えた町が抱える共通問題。町の大半を人工林が占める神山町にとっても、避けては通れない課題でした。
「移住後に、想定外の問題にぶつかることは必ずあると思うんです。でもそれを『話が違うじゃん』と捉えるか『自分にできることはないだろうか』と考えるかなんです」放置されてきた町の課題を廣瀬さんは自分ゴトの課題と捉え動きはじめます。「豊かな川を子どもたちに残したいと思ったんです。子どもたちにとっては神山が故郷。彼らの世代に少しでも豊かな未来を残すにはどうすればいいのか…そう考えた結果が、今のしずくプロジェクトにつながっているんです」
廣瀬さんはクリエイターの仕事を「目的を明確にし、解決のための道筋をつけ、それが見えていないひとにもわかりやすく表現して案内すること」だと言います。間伐材にデザインと職人技で付加価値をつけたプロダクトは『神山しずくプロジェクト』のわかりやすいアイコンとなり、地域の人々を少しずつ動かすことに成功しました。
無関心だった人々を動かすためには、地域の課題に目を向け、自分ゴトとして捉えてもらうきっかけをつくること。「贈り物を想定して作られているしずくブランドの商品は、『神山の未来に一滴でも多くしずくを残す』というテーマを考える、きっかけを贈るギフトでもあるんです」手に取った時にほんの少しでも神山の森林に想いを馳せ、町の問題を自分ゴトに捉えてくれる人が増えていくことで、地域課題解決の一歩につながっていくのでしょう。
価値を凝縮し、町が潤う新しい地場産業をつくる
2020年4月から始まる第二期地方創生の目標のなかには「持続可能」と「高付加価値」というキーワードが出てきます。第一期で確立した取り組みをいかに継続して地域をまわしていくのかということが、次の課題となってきます。『神山しずくプロジェクト』も発足から6年が過ぎ、また新たなステージへと進んでいます。
2019年8月、神山杉の天然成分を抽出した新たなプロダクト、エッセンシャルオイルの開発に成功します。リラックス効果や安眠につながる成分が多く含まれる杉のエッセンシャルオイル使ったシリーズを『あなたが眠ると森もうれしい』というキャッチコピーのもと発信しています。構想4年、徳島県主催のガバメントクラウドファンディングで資金を集め、試行錯誤を繰り返し、開発に1年をかけて商品化にこぎつけました。
「エッセンシャルオイルの抽出にはより多くの杉を使います。つまりより多くの間伐ができるということ。杉を凝縮したオイルで、価値をさらに凝縮して、より多くの人に届けることができるようになったんです」神山杉の新たな魅力を追求し、杉が持つ安眠効果をデザインすることで価値を高めたエッセンシャルオイル。そして、職人の技をデザインすることで神山杉の価値を高めた器たち。高付加価値のプロダクトを生み出すことに成功した今、町に新たな地場産業を根付かせることが、プロジェクトの次の命題だと廣瀬さんは話します。
「神山杉の器を作ることを継続するためには、職人の後継者を育てることが課題でした。現在、2017年にオープンしたSHIZQ LAB.を拠点に後継者の育成をしています」しずくプロジェクトの成功の陰には、言うまでもなく腕利きの職人さんがいるのです。持続可能なプロジェクトにするためには、次世代の職人育成も欠かせません。
「すべてを自分たちの町で作り上げて大きな市場に発信し、また神山に還元する。自分たちの手で循環させる小さな地場産業を確立し、地域に新たな仕事を作ることこそが、今求められているのだと思います」
廣瀬さんは、神山の人たちは10年、20年でモノやコトを見ている人が多いと言います。「田舎の人って凄いなって思うのが、例えば70歳を超えるおじいちゃんが庭に桜の苗木を植えるんです。
『この庭も綺麗になるじゃろう。でも、自分で見られるかわからんけどなぁ』って。他人を思いやるペイフォワードの精神がごく自然に根付いているんです」野菜がたくさん採れればご近所の玄関にそっとお裾分けし、いただいた人はそれをまたみんなに分配する。たくさんお土産をもらえば、みんなで分ける。そんなやさしい社会の循環に、廣瀬さん自身も刺激を受けているそうです。
「最近のテーマはまさに分配。『しずくを100年企業にしよう』ってスタッフに話したりしています。
『僕はもうおらんけんどな(笑)』って」。100年規模で考えると、まだ始まったばかりのしずくプロジェクト。
次世代に豊かさを分配できる持続可能な地場産業として、今後も成長を続けていくことでしょう。
自分たちのまちづくりのために、どんな選択をするべきか
社会が大きく様変わりしつつある今、人々の価値観も変わろうとしています。
「豊かさの価値観にパラダイムシフトが始まっているのを感じます。今は少数派の僕らですが、あと数年後には多数派になるかも知れません。そうなったときにパイオニアとして、これからの日本や地方を楽しくしたいと思うのです」長期的なビジョンで考えた時、自分たちが地域のためにできることは何なのか、廣瀬さんはすでに未来を見ています。
一方で、現在あちこちで行われているまちづくりにおいては、町の未来や課題を「自分ゴト」として捉えられないまま進行しているプロジェクトも多いそうです。外からの力やお金だけに頼った「職業・まちづくり」な人が考えた施策では、持続可能なまちづくりにはつながりにくいでしょう。「とはいえ、まちづくりをする我々が地元民になりきってしまうのもダメ。田舎と都会のバイリンガルくらいのスタンスで、外からの視点は常に持ち続けていたいですね」と廣瀬さんは話します。
逆の視点で考えると、地元住民の私たちも自分たちの住む地域にもっと意識を向け、地域の課題を自分ゴトにして考える必要があるのです。
次の世代に自信を持って引き継げる持続可能なまちにするために、自分がどんな選択をするべきなのか、その選択がどんな未来に繋がっていくのか、考えていかなければなりません。